天皇と自由

今上天皇が譲位されるということで、天皇について思うところを書き残しておこうと思う。 (私は一人の人間として平成天皇は素晴らしい人格者だと思うし、私が語れるほど興味関心があったわけではないという前置きをしておく。)

 

自由について思考を突き詰めると、どうしても日本人であること、そしてその先には天皇制という制度が引っかかってしまうということに気づいたからだ。

 

 

一見すると戦後の日本は自由で開かれた国であり、特に国民一人一人の「平等」を意識した世界でも有数の、平和で安全にチャンスを掴める先進国に見える。

 

ただ、日本は依然として、天皇を象徴とするトップダウン構造であることを、忘れてはいけない。つまり、日本人にとって自由はとってつけたような概念で、日本人は依然として、一つの民族である。

 

だから現状日本人としての正しいあり方は、沈黙と行動。 

つまり、日本語を主体とした上意下達の常識に沿った生き方、族としての生き方ということになる。

 

突き詰めると、この国で自由の本当の意味に目覚めた人は、国を抜け出して米国へ移住するか、もしくは天皇を解放するしかない。

 

シンプルでありきたりな私の個人的意見を述べるなら

神様や、生まれながらにしての「象徴」といった絶対的存在は、自然だけで良いと思う。日本全体に自由な空気感を充足させたいなら、戦争で負けること以外の革命も必要かもしれないなと。全世界的に言うとそれはインターネットということになるけれど、20世紀にアメリカに戦争も経済も負けた理由が、どこまで自由が許容されている国だったか、と言うことだったから。

 

で、そうしないといつか今度は自然災害でやられてしまうんじゃないかな。あまりにも、思考停止して危ない場所に一極集中しすぎてるし。

 

神はどこまでも、自由を望んでいる。

と思うよ。