発達ブログ

発達障害から障害をなくすためのブログ

自己紹介をします

なんとなく本名の頭文字、Mで辞書を引いてそのページにあった一番かっこいい言葉、「Marksman」でずっと活動しています。意味は狙撃手だそうですが、もちろん僕にその要素はありません。狙撃手っぽいといえばダーツを趣味でやっていたくらいです。

 

生い立ち

1992 兵庫県に生まれる

2008 地元中学卒業後 高専に進学

2013 国立大学へ編入

2015 そのまま大学院へ進学 (ここで精神を病んで1年休学、同時にADHDの診断)

2018 某国立大学 博士課程在学中

 

僕は小学校のころから、人を楽しませるおべんちゃらを言うのが大好きで、人と違ったことをするのが大好きな目立ちたがり屋の少年でした。その基本的な性格は今でも変わっていないと思います。作り話はあまり好きではなく、みんながアニメを見ると僕は絶対にみない。ドラマも音楽も流行には絶対乗らない。ノンフィクションやちょっと大人びた表現のある文学を好む変わり者でもありました。いつも、少し時代遅れのものか、少し時代を先取りしたものに興味を持っていました。

 

中学の頃には特に車の仕組みの本を見るのが好きで、高校は高専を選びました。しかしこれが間違いだった。なにせ、青春がない。僕は思春期を迎えると車よりも電気工学よりもなによりも、とりあえずモテたいと思うようになりました。でも、高専にいたら女性と話す機会もなく、ただただ童貞を継続させる自分を呪うしかありませんでした。いや、自分以上に周りの同級生を呪っていたのかも。もてない理由を外に向け、10代後半の僕はただただアウトローな道を爆走していました。

 

フラストレーションを爆発させるように、少し過激なファッションをしてみたり、誰も聴かないような、くらーいインストのテクノ・ミュージックに傾倒していくうちに、いつしか学校もサボリ気味になっていました。高専というオタクまみれのアットホームな環境で馴染めないやつは、本当にやばいです。今思えばただの発達障害なのですが、当時の自分は、みんな面白くない、退屈な人間だと思っていました。

 

そんなとき、出会ったのがダーツの世界です。最初はちょっとかっこつけて大人の世界に足を踏み入れてみたつもりでしたが、地元のバーのいかにもアウトローなマスターに見出され、そこのバーで人生はじめてのアルバイト。最初は敬語も話せませんでしたが、徐々にバーのお客さんに認知されいじってもらえるようになり、自分の立ち位置がつかめ、すこし、人生って悪くないなと思えるようになりました。女性と会話できたのが嬉しかったというのもあると思います。笑

 

しかし、そんな地元での楽しいひと時も終わりを迎えます。僕は、少し離れた地方の国立大学に進学することになります。勉強はろくにしてなかったとはいえ、定期テスト前の追い込みと地頭だけで成績はいつも上位でした。だから、推薦で国立大学に簡単に潜り込めたのです。

 

ちょっと田舎だけど、初めて親元を離れての一人暮らし。編入なので3回生からのスタートですが、新入生歓迎会など、楽しい学園生活を予感させる好スタートだったと思います。なにより、ダーツバーで人と会話するスキルを向上させていたので、高専のときのようにはならないぞ、と思いました。結局、3回生という理由で入りたかったサークルへの入部は断られるのですが、勢いでダーツサークルを立ち上げ、女の子も十数人入部してくれたこともあり、そこそこ楽しい活動ができました。

 

しかし、僕はその頃にはすでに童貞ではありませんでしたが、自分から好きになった女の子と付き合った経験はありませんでした。転機が訪れたのは22歳の頃です。ダーツバー時代に出会った人が主催するとあるイベントで、その後はじめての彼女になるNさんに出会いました。7つ年上で、松井珠理奈藤原紀香を足して2で割ったような妙齢の美女でした。

 

きっかけはひょんなことで、大学進学後にたまたま送ってしまったツムツムの招待ラインに、彼女から反応があったのです。「大学楽しい?」なんとそんなところからメッセージのやり取りが続き、トントン拍子ではじめての家デート、そして何度かのアプローチと紆余曲折を経て付き合うことになりました。

 

彼女とはゲームの趣味が合ったり、妙に好きなことや価値観が合致し、年齢的にも結婚を前提とした真剣なお付き合いをしていました。そしてなにより、僕は幸せでした。幸せだと本当に素直に周りの人間も幸せになれって思えるんですね。研究も趣味もやる気に満ち溢れ、可愛い彼女に裏打ちされた自信はすごいなと思いました。しかし・・・

 

別れは突然訪れてしまいます。移り気な彼女の性格に、僕は全く耐えられなかったのです。その後、僕は本当に取り乱してしまい、彼女と衝動的に別れ、またどん底のルートを突き進むことになります。

 

僕の精神は完全に消耗しきって、友達も同僚も誰にも止められない暴走をはじめました。暗い顔で、一言も話さず、手は震え、尊敬している先輩には大変心配をかけました。彼女にもう一回すがろうとし、精神を病んで休学。ついには自殺未遂を犯し、心配してかけつけてくれた家族に連れて行かれ精神病院の閉鎖病棟に一時入院することになります。

 

いわゆるメンヘラと言うやつですね。

僕は本当に、やばいくらいヘラってたんです。

 

まぁこの時の彼女との関係はあまりにも生々しい終わり方をしてしまいましたが、僕は、精神病院という特殊な環境で、偶然とは思えないような幸運をいくつか体験することになり、結局病院でまた新しい彼女を見つけてシャバに戻ってきますw

 

こうしてどん底の精神病院から彼女とともに生還を果たした僕は、無事大学にカムバックし改めて研究活動に従事することになります。しかし、さらなる悪夢が、僕を待っていました。このときちょうど僕の指導教員としてやってきたのが、悪名高き、サイコパス先生だったのです。。。

 

もう思い出したくないので詳細は省きますが、サイコパス先生の指導はもう鬼のように理不尽で、1年程度の付き合いでしたが僕は最終的にキレてパワハラ相談窓口に駆け込み研究室を訴え他大学に進学することになります。(博士課程に進んだのは研究にはまり、重要な発見をしたことと、就活の面接に全オチしたこと、会社が合わないことを悟ったからです)

 

大学院の最後には仮想通貨で大儲けしたりなど、僕の波乱万丈な人生はまだまだ続いていますが、大学生活の最終地点として某国立大学の博士課程に去年ようやく流れ着きました。

 

と、まぁ、自己紹介はこんなところでしょうか。改めて振り返ってみると、本当に濃い人生だなと思います。かなりはしょって印象に残っているところのみを駆け足で書いたつもりですが、それでも濃いような気がします。

 

今までの人生は、僕は常に悩み、苦しみ、自分を変えようと必死にもがいていたような気がします。その思いがいろんなことを引き寄せたのかもしれません。決して波乱万丈がいいとは言いませんが、試練や幸運が訪れるたびに、悟りの道を歩んでいる実感があります。ぶっちゃけ、もう何が起こっても、大抵のことでは動じない気がします。

 

大人になった現在は、昼間は研究者として夜は作家として活動しています。

基本的にはツイッターで発言することが多いですが、長文になる場合はこちらのブログも活用しようと思いますのでよろしくお願いいたします。

 

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